昭和40年8月14日 夜の御理解

どんなに素晴らしい着物でも洋服でも、その着物が洋服が着ておる物が小さかったりしたんでは、かえっておかしい。ちょうど子供に大人の着物を着せたようなものである。ねえそれがどんなにたとえば素晴らしい生地ででけておっても、どんなに素晴らしいデザインにでけておっても、中身、例えば大人の着物を子供に着せるような滑稽なものであってはならないということです、ねえ。

例えば今度、合楽に御造営になっておりますここの御広前が、どんなに素晴らしい例えば御広前がでけても、中にそなわっておるもの、中心であるいうなら私、または信者のみなさんというのが、どんなに御広前が素晴らしかっても、私どもの信心内容がつまらなかったり、小さく細かったんではこれはとてもおかしいことだろうと。

ねえ、それはちょうど借り物を着ておるようなものであり、または子供に大人の着物を着せておるようなものであって、とてもおかしい。問題は中身が充実する、中身ができければいかん。はたしてお互いの信心がどのくらいでけていきよるだろうか、ね。態度にも、または内容にも、ね、ほんとに私はありがたいものが育っていきよるだろうか。もう反省しなければいけないと思うですね。

今日私、長男が、ちょうど私の昼の御用の時間を、まあ私が言うたわけでもなからなければ長男から申し出たわけでもないけれども、まあ言わず語らず、私の午後の時間を自分が頂いて奉仕しておる。私は午後からまた足が悪くなって休ませていただいておった。したら、誰かが参って来た。誰だろうかと思うとったら、秋山さんらしい、北野の。もう感激いっぱいでお取次ぎさせていただいておる。それが別に、御理解を解いておるというわけでもない。ただここにこうやって座っておる。汗がだらだら背中から流れておる。それを感じながらです。それが「秋山さん、もうありがとうしてありがとうして」っちてから言いよりますけんもう、秋山さん自身もたいへん感激してそれを頂いてるんです。

私はそれだと思うんです、ね。例えば長男なんか、まあこちらに帰らせていただきまして、いわばそういう一つのいきというものが、まあ生き生きしておるから、まあそうですけども、それが何時何時までも続いて続いていくだけじゃあない、育っていかなければいけないと。ねえ、ここに座らせていただいておるという事が、ほんとに先生が御結界で暑かろう、この暑かつに一生懸命奉仕をしてくださる。ほんとにありがたい、あいすまん。例えば信者が参ってくる時にどうだろう、ここでぐうぐうっちうっついて寝取るというなことがあったら。それこそ信者はもうがっかりするだろう、ね。

ようにです、これは中心の、例えばまあお昼、ほんとなら御信心は御結界が中心とこう言われとりますが、御結界がまず生き生きとしとらなければならないということ、ねえ。そこの(身近に?)、例えばもう家族なら家族どんの信心がです、成るほど日々、日々じゃない日夜お取次ぎをいただいて、難儀な氏子に取り次ぎ助かれる事のためにです、家族中のものがあげて奉仕しておられというその姿がです、(         ?       )、ありがたいことだなあ、信心の家庭というのは、ああゆうようなおかげを頂かなければいけないとたとえばいうような家庭にです、まずここの家庭そのものがおかげを頂かなければならないということ。

先ほど久留米の少年少女部会の信心実習会が平原であった時の写真が今日でけてきておった。もうみごとにでけておる。まあ素人写真と言われんくらいに(     ?    )
その中にです、いわば(さんさんごごう?)、または男は男、女は女と、同年輩は同年輩というふうに、わたくしはあの、わざとそうして写したのかと思ったら、必ず集まっておるところをこう、まあスナップ風にスナップしておるわけなんです。スナップ写真なのです。

それがちょうど、私の幹三郎の友達だけが、あそこに4人か5人か、まさきさん家のまさなおさん、私の方。それから(  ?  )とこのかずおさん。それから久留米のみつお君。そりゃだれかな、4、5人とにかく映ってるんですね。(きせずしてその4年生ばかり映ってるらしいんですよ?)。それでも写真を写してからです、僕達が未来の菊栄会っち、(微笑)ね。(      ?     )いろいろ会があるその会の中にです、ね、菊栄会というまあきわだった会のようにみんなが言うもんだから、子供心にそれを聞いてるわけなんです。

僕らは未来の椛目の総代だと。僕らは未来の菊栄会員だというような、その冗談話をしながらでですね、しておったと言ったような話を聞かせていただいてから、横にはまた丁度その年配の女のかっこうたちが一緒に写ってるんですね。ほんとに未来のいわば美登里会だと。未来の婦人総代たちだと言ったようなその、わたしはその、おもいでね、それを見せていたいただいてから、心の中に何か知らんけど、ジーンとするものを感じさせていただいた。

( ? )ってはです、その女の子が写っておるのが全部ここでで名前を頂いた子ばっかりです、ね。それからその男の子も皆ここで神様からお名前を頂いた子供ばかりです。ほーこれ(少年少女    ?)ここで頂いた名前の子供達ばかりがこれ?で成長しておる。親先生から名前を頂いた名前の者ばかりが集う会なんかが今度できよるじゃないかと話したことでございますけれども、そういうふうにして親の信心が子供が受け継がしてもろうて、ねえ、未来の菊栄会が未来の美登里会が総代会だというような意気込みで、例えば子供達が知らず知らずのうちに信心がそうして育っていきよるということは、(  ?  )そのまま、椛目の内容だと私は思うのです、ねえ。そういう例えば、そのー若葉達が育っていく。

今日おかげを頂いて善導寺の親先生の、そのー(   ?    )下さいまして、地鎮祭、きこうしきというように、まあほんとにありがたい、ありがたい式が実に、しかもスムーズにおかげを頂きました。まあその涼しいうちに、というともうほんとにもう涼しいうちに業者の方も丁度集まってしまい、(    ?    )丁度、ならその業者の方達がついておるところであった。

ついてみたところがもうほんとに、奉祭してある、いわゆる神域ですね。あるだけを四方に張り巡らして、注連縄が張り巡らして、中には見事に砂が盛り上げられて、と見事なお供えがしてある。もう親先生はざーっとよかばの、もううちの総代だけでよかろうもと。だから私も略式でもうきょういでいくけんでというふうであった。私もそのつもりでおった。

けれどもどうしてどうして、やっぱりするからには、あれはまあ椛目的なものだとは思わんですけれども、とにかく信者達がざっと居並ぶところまでテントが張り巡らしてあり、なかには白砂が一杯敷き詰めてある。もうたった何時間かのお祭りするにはそれこそ勿体無いような見事にしてある。中にお供えの一台お三方が空いとりますもん。(あれはどうし     )、それが注文してあった鯛がきとりません。( ? )したのの不注意からですね、肝心要の鯛がお供えがきてない。

それは今では盆の14日という( ? )、魚屋にそのよりどりみどりと魚があるはずがない。それでも、まああのどっか走らせていただいたらやっぱないわけなんです。ところが、ここには魚屋があるってち、小さい魚屋に入らせたいただいたところが、その大きな見事な鯛が一匹はいったち。見事な鯛がお供えしてあった。冷凍物ではあったけれども、見事な大きな鯛がです、お供えになって、まあ時間ぎりぎりにお祭りを、式を、または地鎮祭を仕えていただく事がでけた。

これなんかは私は考えますのにですねえ、わたくしどもが、(小さくよい、小さくよい?)と、まあざっとよかばのというてもです、いわばちんちくりんの着物を着とってもです、神様が丁度それにつりおうた着物を着せてくださった、そんな感じがいたしました、ねえ。
今日私が言うておるのは、それと反対なことを言うておるわけですねえ。御造営がでけた、見事。その中に住まわせていただいておるのも(中心?)。

またはそこに信心の稽古をしておるみんなの信心がです、ね、丁度借り物を着ておる着物のように、その着物がどんなに素晴らしい生地であっても、大人物を子供に着せたようなことであっては、外にもでられない。いわば見苦しいだけじゃなくて滑稽なんだ、ねえ。見事な、例えば着物を頂くのであるから、それにふさわしいそれにてがぬけれるだけのです信心の内容というものがです、でけなければこれはあいすまんことになるのと私は思うのです、ね。

まあそういう意味でです、こういうふうにして椛目の内容がでけていきよる。また場合によってはです、こちらが小さい着物を着ておっても、神様がそれじゃ見苦しいぞというて、きちっとした着物をです、あのお祭りにふさわしい、例えばお供えものを集めてくださったと言った様な事がです、ありがたいんですけれども、ただそれに腰掛けてはならない。

私共がほんとにいつも申しますように、合楽教会に御縁を頂いておる信者としてふさわしい、または家族のものとして、または中心である私と、が、それだけの信心内容というものが高められていかなければならん、さあそんならどういうような信心をさせていただいて、おかげをいただくかというところにです、やはり私は、心を練っていかなければいけない。

ぼんやりしておってはならない。これではいけないこれではいけないと言うだけでもいけませんでしょうけれども、ね、これではいけないならば次の信心に移っていくだけの、私は飛躍する心、弾んだ心。さあというようなその心、ねえ。いわゆる暑いのに汗が流れて、それがありがたいと感じれるような信心にです、段々なっていかなければいけないなと、いうふうに思うのです。おかげを頂かなければいけません。